言葉と感覚。
メールのやり取りを始めてから、Yちゃんはさまざまな学びを得ています。それは前回のフィードバックを見ても明らかです。
その後も数週間、幸せメールが滞りなく届いていましたが、まだまだ時々“行ったり来たり”してしまいます。
悩みや囚われの深い人は、どんなにいろいろなことが改善してきても、そのことが不安になったり、自ら悩みを増やしたりしてしまう傾向があります。
6月07日 To:黒岩さん
おはようございます!お元気でしょぅか?忙しい中体調崩したりしてませんか?
幸せメールを送ったつもりが、一日前の記憶でした(汗)
ペナルティがんばりまふ。
気を取り直して。
6/5幸せメール→梅雨時期前のいいお天気で日焼けしそうに暑いのが、また
ちょっぴり嬉しい。季節の流れを感じる。
ところで黒岩先生…質問なのですが、【思いやり】と【気遣い】ってどう違う
のか、どう感じますか?最近これについて考え込んじゃって…。
それから、宿題をそろそろ変えていきたいと感じはじめました。宿題そのもの
と言うより紙に書く文言とペナルティを変えたいなと。
幸せメールを忘れてしまったことと、ちょっとした悩みを送ってきました。今回は「思いやり」と「気遣い」の違いです。
(僕自身も考えたことがありませんでした。w)
正直どっちでもいいんじゃない?っと思ってしまうような、周りからすると小さな悩みかもしれませんが、囚われている本人にとっては大きな問題だったりします。
このメールに対する返信↓です。
6月07日 To:Yちゃん
おはようございます。黒岩です。
アファメーションと今日の幸せメールで、多少のペナルティがあったとはいえ、毎日がプチハッピーで満たされていることに気づいているのではないでしょうか?
それは、自分の既に持っているプチハッピーを積み重ねることが、結局大きな幸せを創っているってことなんだと思います。
> 質問なのですが、【思いやり】と【気遣い】ってどう違うのか、どう感じますか?
はは。難しいことを考えるんだね。Yちゃんはどう思うのかな?
もちろん、言葉の解釈であれば、辞書を引けばすむことだろうけど、自分自身がそれに対してどう感じるかってことだよね。
どちらも「気をつかう」ことを表す言葉だけど、「思いやり」は相手の身になって考えること、「気遣い」は気を使っている“自分”にフォーカスしている…って感じなのかな?
そういう意味では「思いやり」のほうが、少し相手を意識した言葉なのかもしれません。
…が。
これはあくまでも解釈の仕方だと思う。
自分がそれぞれの言葉に持つイメージが、そのまま自分にとっての「意味」になるんじゃないでしょうか?(言葉の解釈は人によって違うということ。)
つまり、「違いがある」と思えばあるだろうし、「同じ」と思えば同じ意味になるということ。答えはすべて「自分」の中にあるのです。
言葉の、「世間一般的な解釈」に囚われるよりも、自分の中の答えを信じて考えたり、行動することがYちゃんにとっての「意味」なんじゃないかなと感じます。
> それから、宿題をそろそろ変えていきたいと感じはじめました。
> 宿題そのものと言うより紙に書く文言とペナルティを変えたいです。
すばらしいっ!
もっともっと自分のいいところを発見できる文言がいいですね。
もちろん文言じゃなくても、小さな行動とかでもいいですよ。
それからペナルティも、ちょっと大変だけど自分にとってプラスになることを見つけましょう。
僕はYちゃんじゃないのでYちゃんにとってプラスになる宿題を決められません。
無理をせず、けれども着実に理想の自分に近づける一歩になるものです。
Yちゃんは、新たにどんな宿題だったら今からやりたいと思う?
宿題を決めるには、ゴールが明確じゃないと、そこに行き着く道もぼやけてしまいます。
そのためには、過去のメールを読み返して、ルールを再確認して、「理想の自分」をもう一回明確にしてください。
※ちなみに一番古いころの自分のメールを見ると、今の自分がいかに成長しているかびっくりするよ。
それができたら宿題を決めましょう。
言葉は便利だけど完璧じゃない。
Yちゃんは、周りの言葉に影響を受けやすい(自分でも言ってます)とのことで、今回の悩みもまさにそのことを表していますね。
言葉は、辞書で調べればその意味を知ることができます。
けれども、それはあくまでも「一般的な」意味でしかありません。その言葉が「本当に意味すること」は、メールにも書いたように、その人の「感じ方」に依存します。
言葉はとても便利なものですが、完璧ではないので、気持ちや感覚を正確に伝えることができず、誤解を生んだりします。それは周りに対してだけでなく、自分自身に対してもです。
(いや、言葉だけでなく、もしかしたらあなたの周りにあるすべてのものが、あなたの解釈、感じ方によって良くも悪くもなるのかもしれません。)
ついつい周りの人の「言葉」が気になってしまう人は、言葉そのものの辞書的な意味ではなく、自分自身の「言葉にならない感覚」に、もう少しフォーカスしてみてみるといいかもしれません。
もしかしたら、そこにはあなたにとっての「本当の意味」が隠されているかもしれないですからね。w
投稿者: | 2006年12月14日 23:46 | ID:28

